石巻だより9(6/9)

おはよー
ブルーシートに包まれているテントは朝日で蒸され目覚ましいらず。今日も晴天なり石巻。
昨日はパワー系のヘドロバスターに合流が遅れたので、社会福祉協議会前で売れ残っていく人たちが一体どんな目の色をした人達か見に行くことにしました。悪趣味だね残っているのは他人に対してガツガツいかない控え目さんたち。皆年齢層バラバラで個人で来たが自力の移動手段がないため現場応援にも新規の現場にも行けないでいるよう。送迎バスが帰ってくるか、車のある人が現れるのを待っています。しかしその目は今にでも動き出したい、飛び出したい、ドロかきしたい!とモンモン闘志がみなぎっていました。
さて、僕もそろそろ動きます。既に共に活動する仲間と車を見つけていたので移動です。午前中は永明町というエリアで畳みはがしと運び出し。伺ったお宅は70歳のおばあさんの一人暮らしの住まい。津波の被害は見た目には分からないほど健在。ただ大きなその家は一階の殆どの部屋が畳。床下から滲み出た津波でカビるんるん。おばあさんではとても改善できません。男手でペロっと片付けます。
津波被災は程度がさまざま。家が流され基礎だけになっているところもあれば、このお宅のように畳の取り替えで住むところもあります。相対的に考えれば被害の度合いは小さいお宅でした。休憩中におばあさんと話していると、どうも津波でお孫さんがふたり亡くなっているよう。悲しみは計り知ることができません。それぞれにそれぞれの現場があり、それは相対化できるものじゃないもんだなとカビのホウシで心も体も真っ白です。
ものごとから受ける情報はすべて程度は同じ。その中で自分が重要だと思っているものがあるだけ。(正確じゃない)
なんてことを村上春樹が言っていましたが、ほんとそうだなと思います。
午後からは思い出を洗いにいきました。津波で流された写真や位牌、遺影など家族にとっては大切なものの泥を取って洗いだします。石巻市旧市役所にまとめられた写真たちは発見された地域別にいくつもの部屋に分けられ展示されています。僕は門ノ脇という津波のあとの火事により街が焼失した地域の写真を整理しました。写真展示室を訪れる被災者は多く、一枚も家族の写真が出きていないといった方もおられます。写真が見つかりそのことが救いとなれば、それにこしたことはないと思いせっせと写真を磨きます。力みすぎて何枚か、写真表面がはがれ駄目になったことはここだけの秘密。
ではよい一日を。
ヨシキ

 

  • seian
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