2010年1月 ことば

新年明けましておめでとうございます。
私は今年で3回目のニューヨークでのお正月を迎えました。とはいえ、今年はたまたま2日が土曜日だった為、仕事始めが4日という人も多いのかもしれませんが、こちらのお正月はただの休日といった感じで日本のようなお正月の雰囲気は全くありません。次の?お正月は2月、旧暦のお正月ですね。去年も旧暦のお正月に街を歩いていて、携帯電話などで話しながらHappy New Yearと言っている人を何人か見かけました。日本にいて旧暦のお正月がいつなのかを知っていても、あまりHappy New Yearと言うことはなかったように思います。
ニューヨークは色々な人種の人が集まっているからか、それぞれの人種、文化を尊重していることや楽しんでいるなと感じる出来事に出会うことがあります。例えば、がんばって日本語を思いだして挨拶されたりお礼を言われたりするのことも嬉しいものです。だから、私にはまだまだ英語の勉強が必要ですが挨拶くらいはできたら良いなとちょっと欲張ってスペイン語や韓国語も覚えたいと思っているところです。実際、母国語であいさつをするだけで相手は笑顔になり、私も嬉しくて笑顔になり、笑顔の連鎖反応のようなことがその場でおこることもよくあります。
言葉というのは時にやっかいなもので、言葉にならない気持ちや思いをがんばって言葉にしたために上手く伝わらなかった、誤解を生んでしまったというようなこともあれば、言葉が助けとなって気持ちを上回るほど心の中の何かがちゃんと伝わることもあります。悲しいかな、同じ日本語でも何度話しても通じ合えない人もいれば、お互いにカタコトの言葉でも心が通じたとお互いに実感できる人間関係もあります。たぶんそこには基本的な人と人の相性というのもが影響しているとも思いますが、やはりコミュニケーションで1番大事なのは相手の話していることを理解しようとする気持ち、相手への敬意があるかないか、ではないかと思います。
日本で生活していた時にも同じような考えではいましたが、言いたいことを日本語のようには話せず、相手の話していることがニュアンスを含めどこまで理解できているか100%定かではないという状況におかれると、頭ではなく体験としてこのことを実感させられます。それは住み始めた最初の頃よりも最近のほうがさらに強く実感を伴ってきているように思います。
ある時なにかで読んだ文章の中に「作品は人が共感してはじめて芸術となる」というようなことが書かれていました。目にしたのはもうずいぶんと前のことですが、この言葉は日を追うごとに私の中へ入り込み、その本当の意味するところを、だんだんと理解していっているように思います。
芸術は言語の壁を超えると言いますが、それはきっとそこに理解しようとする心、敬意があり、芸術作品に共感するということには言葉も説明もいらないということなのかもしれません。
しかし少し話は矛盾するようですが、花や観葉植物に話しかけると長生きする、元気になるという話も耳にします。実際、私はそんなに話しかけてはいないけれど、毎朝おはようと水を換えて、水を換える時にはきれいだなと思ったりしているだけですが、お花がとても長持ちすることを友人に驚かれることが多いのです。そう思うと言葉は大事、そして言霊というものも私は信じています。
結局は言葉にするしない、というよりは心の持ち方が一番大切なのかもしれませんが、2010年、言葉の壁を越えて世界が平和であるように願うばかりです。

(text・photo/澤田知子)

澤田 知子
フォトアーティスト、成安造形大学2000年卒。
現在、文化庁在外研修員としてニューヨーク在住。
第29回木村伊兵衛賞受賞。
セルフポートレートの手法で「内面と外見の関係」をテーマに作品を制作し、国内外で発表している。

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